広州街歩きとシンボル五羊石像
今日の予定 ⇒ 広州市内を適当にぶらぶら観光
- 六榕寺見物
- 越秀公園にある広州のシンボル五羊石像を見る
- 天河競技場下見
- 17時までに「広州東駅」に行く
六榕寺見物の筈が
地下鉄「公園前駅」を出て、地図で確認もせずカンで六榕寺のあるほうへ向かう
街の所々にアジア競技大会のロゴマーク、宣伝看板を見ました。今年11月12日に、広州アジア競技大会が開幕します。
この大会は、アジア発祥の競技や、オリンピックで実施されてない競技も行われ、サッカーや野球はもちろん、囲碁や空手なども競技種目にあります。
見るモノすべて珍しいモノを見る感じ、日本と同じだったり、違ったり、違いを見つけるのが海外旅行の楽しさ
通りがかりに「交通銀行」という銀行があったので、前回の旅行で余った元も残り僅かになりましたので調達しに入りました。
最初は両替をするつもりでしたが、ATMを見ると”PLUS”のロゴがあったので、VISAカードでキャッシングが出来るか確かめた所、出来るようだったのでキャッシングにしました。
こちらのほうが手数料的に安い。
駅からさほど遠くにあるわけではないのに、案の定なかなか辿り着けない。
ついに地図見て自分がどこにいるのか確認出来なくなってしまった。
悪い癖で時間に余裕がある時は、目的地を地図でろくすっぽ確認もしないで
適当な方向へ進んでしまい、後から全然違った所へ行った事に気が付いて
予定変更する事がしょっちゅうある。
まぁ迷ったら迷ったで知らない街をうろつくのも面白い
六榕寺は諦めて中山記念堂見物に予定変更
止まっていたバスのルートを見ていると中山記念堂も通るみたいだったので、
急遽予定変更して中山記念堂へ行く事に、そこからは五羊石像のある越秀公園へは近くだ。
中国で初めての市内バス乗車
「羊城通」交通カードを早速使ってみる
中山記念堂の向かい側でバスから降りたので、大きい道路を渡るのに難儀しました。
広東ゆかりの孫文を記念して建てられた中山記念堂見物
中国の道路は歩行者にとって、いたるところに難所あり
信号がとにかく少ない、信号のあるところまで迂回するか、強引に道路を横切るか。
当然、私は安全な道を選ぶ。
高架には架線が張られ日本では見なくなったトロリーバスが走っていた
汗びしょになり辿り着いた中山記念堂
孫文が就任した総統府跡地に孫文の死後1931年建てられたそうです。
中を見るには入場料10元(120円:2010年)が必要
中は撮影禁止(中国人はお構いなしに写真を撮っていたが)
あまり見ものがなく、清朝末期の頃は興味もないので館内をささっと廻って出た。
広州のシンボル五羊石像がある越秀公園は中山記念堂の隣にあるので、そのまま歩いて行く。
越秀公園にある広州のシンボル五羊石像を見る
中山記念堂と越秀公園は隣接していて公園の縁をなぞるように歩き入口を探した。
地下鉄越秀公園駅近くに門が見えたので、門の前に立っていた守衛さんに、五羊石像は
どこかと道を尋ねたところ、
説明するより目の前の門の鍵を開けて通すほうが手っとり早いと思ったのか、
観光客に廻り道させるのが気の毒だと思ったのか分かりませんが、
近くの通用門みたいなところから、入場料を払わずに入れさせてもらいました。
謝謝!
南方らしく、庭園内に亜熱帯性植物が植えられていて、ジャングルのよう。
公園内には五羊石像のほか、博物館、植物園などもあり、かなり広いようです。
都会の中のオアシスといったところ。
公園内を南下して中山記念堂方向に進むと、五人の仙人たちの彫刻がありました。
稲を与えてもらっている人々は写実的な彫刻、仙人たちは抽象的な彫刻になっているのが面白い。
彫刻の前で携帯電話をいじっているおっちゃんがなかなか離れてくれない
彫刻の右手にある階段を上がったところに五羊石像はあります
さすがに広州のシンボルの五羊石像
この日もたくさんの人が記念撮影していました。
どうしても来たかった広州のシンボル
大阪でいう大阪城や通天閣。
しかし地元の人は来ないんでしょうなぁ。
高温多湿でちょっと歩くと汗べとになり、喉がカラカラに乾く
売店で喉を潤すものを求める。
「リァンダ・ ピージョウ」といったところ、2本出されたので、
「イーガ ・ピンダ・ ピィジョウ」と言い直したところ、1本だけにしてくれました。
珠江ビールが5元(60円)、このビールは料理の時にはちょっと物足りないが
外で喉が渇いたときに飲むにはちょうどいい。
次の目的地 天河競技場へ 越秀公園を後にする
来た時はこの門が見つからなかったが、ここで入場料を払ってから入らなければならなかった。
それでは天河地区行のバスに乗りにバス停のある通りに行きます
街の中の工事現場
蘇州に行った時も感じたが
やりっぱなしといおうか囲いぐらいはして欲しい
この写真1枚見ただけで日本人との気質の違いがわかる
なんか懐かしく感じる店
子供の頃、このような店でよく花火を買ってた。
こういったところで買い物をすると、お得な買い物ができるのかな?
もうちょっと中国語会話に自信が出来たら挑戦してみたい
よっぽど暑かったのか、扇風機を抱きかかえる人発見
「太熱了!」(タイ・ルー ラ)
天河方面行へ行くバスに乗る
午後2時半 行先の地名はわからないが天河方面行へ行くバスを見つけたので乗りこんだ
バスの運転や道路を走っている広州のドライバーの様子を見ていると
強引な追い越しをせず、自分のレーンを走り
上海、蘇州より明らかにマナーが良い
クラクションの音も聞かなかった。
初めて中国を体験した時の蘇州がとにかく酷かったので
中国でも地方によって違うもんだな思った。
春都ホテル前でバスを降りる
天河地区にある天河競技場を見に行くつもりで適当に天河方面行のバスに乗り
終点で降りたのだが、天河競技場がどっち方向どころか
現在地がどのあたりなのか地図で把握出来ず。
こういう場合はいつもの手段として
適当に歩き目印になる建物を見つけ位置を把握し方向を是正する
帰国後googleマップで調べたら「洗村駅」(洗の字はニスイ)という停留所みたいだった
アップデート中の珠江新城地区を歩く
このエリアは上下九步行街あたりとは全く雰囲気が違ったビジネス街なのかオフィスビルが多い
バス停から地下鉄駅までの街歩きしたルート
今記事を編集している2022年この辺りは、
500m超の高層ビルを含む高層ビル群に巨大な商業施設があって
とでもない発展したエリアになっているが、2010年に私が旅行し
この辺りを歩いていた時は今の発展ぶりは全く想像出来なかった。
天河競技場見物はあきらめ広州の高層ビル見物に切り替える
自然と一番高いビルの方へと足が向いていた。
現在、大阪も大阪駅付近を開発していますが、スピードが遅い。それに果たして需要があるのだろうか、御堂筋沿いの1等地の地価の下落率が全国1(2010年当時)になっているところを見ると、あらたな需要を掘り起こしていないような気がする。
高層ビルをじゃじゃん建設中
世界第7位の高さ432m(2010年当時)
広州国際金融センター
通称 広州西塔
ギリシャ神殿の柱を抜き出したようなユニークな形の高層ビル。このビルは格好いい。
建築家志望の人は中国へ渡るべし。
当時は東西ツインタワーとして計画されていたが、経済状況の影響で西塔だけ
建設され、その後香港の財閥周大福所有の530mの超高層ビルが2016年に建設された。
なんとなく神戸のポートタワーに似た広州タワー
高さ600メートル、地元の人は「小蛮腰」と呼んでいる。
くびれた腰とかグラマーといった意味らしいです。
450メートルの高さに展望室があり、そのすぐ下には旋回する展望レストランがあるそうです。
同時期に建設された東京スカイツリーと高さ競争をして当時は話題となったが
一時618mの高さを計画した広州タワーに軍配が上がりそうだったが
東京スカイツリーのほうが610mの予定を634mに嵩上げし
意地の張り合いを制し現在も電波塔の高さとしては世界一を誇っている。
個人的にはデザインは広州タワーのほうがいいけど。
とつぜん工事現場の中から現れた家族連れ
いったいどのような環境で暮らしているんっや!
ガラクタ置き場の中で作業をやっている感じ
新規のビル建設現場がなんでこんな環境になるのかな
金穂路と華夏路の交差点
そろそろ地下鉄に乗って広州東駅に向かいたかったのですが、駅がなかなか見当たらず、少し焦り出してくる。
中国の高層ビルにしては冒険心のないデザイン。
中途半端な状態で工事が止まっているようにも見える
ちょっと歴史を感じさせる建物の後ろには、金色の派手な建物
以外にも廻りと調和がとれているよう
この金色のビルディングを少し通り過ぎたところで、
広州市地下鉄のシンボルマークが見え安堵した。
やっと広州東駅に向かえる。
珠江新城地下鉄駅
華成路口バス停
ここもアップデート中の広州東駅
工事をやりながら運用しているので、駅の中が分かりにい
長距離列車の乗場入口がなかなか見つからなかった。
天井のボードがまだ貼ってなく、照明も仮のもので、工事現場を歩いているような感じがする。
ひょっとしたら内装はこれで完了なのかな。
「和諧(フーシエ)」とはハーモニー(調和)という意味
長距離列車乗り場がやっと見つかりました。
列車待合室へ向かいます。
上海、北京西、成都、太原行きなど2000km以上走る長距離列車
これらの列車に乗る人は4階待合室へ
案内標識に従って進みますので、ここからは迷う事はないと思います。
これは待合室へ入る為の改札です。
駅に入る時、待合室に入る時、列車に乗る直前と3回改札がありました。
列車に乗り込む前に食料やたばこを調達する事が出来ます。
列車には長時間乗るので時間つぶしに本を読むのもいいかな。
中国の鉄道は、列車が発車する前の改札が始まるまで、乗ろうとする列車ごとに決まった待合室で待たねばなりません。
また時間に余裕をもって駅に来なければいけません。わたくしは、発車の1時間前ぐらいに着くようにしてました。
巨大さにビックリ。
日本とはスケールが違うみたいで、これぐらいの大きさを平気で造ってしまう。
これでも小さいよとか言われそうなぐらい大勢の人がいます。
待合室はさらに区分けされて、三区にT98の番号があったので、この辺りで座って待つ事にした。
今日は、街の中をかなり歩き全身汗びっしょりになっていたのでトイレで服を着替えることに
中国に来てホテルや空港以外のトイレにはいるのは初体験。
おっかなびっくり入ると
幸いにも扉があってよかったが、上部と下部の部分が無く
西部劇で出てくるバーなんかの入口の扉みたいなやつだったのには困りました。汗;;
北京西行きT98特快の改札が始まりました。
硬臥なので、あわてて行く必要がありません。
みなさんも落ち着いて改札へ向かっていました。
今回広州へ来て、地下鉄には何度も乗りましたが、横入りしている人は見かけなかった。
広東人はのんびりした気質なのか、せかせかしたところがないように思えた。
広州東駅からT98寝台列車に乗って鄭州へ
T98A 18時5分広州東駅発 北京西駅行
鄭州駅へは、翌朝9時15分到着予定。
1600KMを15時間で走るので平均時速は100KM/hを超える。
この列車は、香港の九龍から乗客を乗せてきたT98Bも連結していて、北京西駅まで2500KMをなんと24時間で走る高速寝台列車です。
チケットは、桂林市天元国際旅行社という中国国内の旅行社を通じて入手しました。手数料とデリバリー費が加わりましたが、確実に手に入れる為には仕方がなかった。
最初はどんな会社かわからないので不安でしたが、何度かeメールと電話で連絡をとりあって、これなら大丈夫だと思えましたので決済しました。
この旅行社には何人か日本語ができるスタッフがいて、担当してくれました唐さんには今回の旅行でほかにも世話になり、たいへん助かりました。
広州から哈爾浜までは何kmあるのか、飛行機で行ったほうがよさそうだが
列車に乗り込む時は、自分もそうなんですが、みなさん嬉しそうです。
プラットホームが低いせいか、車両が大きく見えます。
検札をしている若くて真面目そうな車掌に、車内でカメラを持って車窓から外を眺めていたときに、撮影のことを注意された。
向いに座っていた人もカメラを指さしていたので、「拍照禁止」(パイジャオ・ジンジィ)と言うと頷いていた。
仕方がないですが、この列車の中では写真撮影は以後やめました。
席は3段ベッドの上段で、天井までの隙間が70CMぐらいか、もっと少なかった。乗り込むには体を横にして入り、そのままの状態で寝ないと頭が天井にあたった。
年配の人には、ちょっときついかもしれない。
荷物棚は上段の真横にあり、中断、下段の人とも共用になっていた。
仰向けに寝ると天井がすぐ目の前にきて、おまけに冷房の吹き出し口も近くあって冷たい風が体に直接あたるから、風邪をひくかと思った。
18時5分定刻通りに列車は、北京へ向けて走りだした。
その後食堂車での食事がどんなものか興味があったので食堂車へ行きました。
食堂車は満席で、なぜか半分近くを列車乗務員が食事をしていた。
どうでもよさそうな荷物をどかして座っていましたが、係の人が忙しそうで、なかなか近くに来てくれず、見かねてか近くで食事をしていた女性乗務員が、メニューを持ってきてくれて、どれにするか尋ねてくれた。
2種類しか選択できないみたいで、オムレツ定食みないなものとビールを注文した。
30元だった。
持ってきたのは、常温のビールと、ほかほか弁当のようなパックに詰められたオムレツと、ご飯に、変なスープで、美味しくはなかったが全部食べた。
やはり食堂車の食事は噂通りだった。
広州最後の車内からの写真。
広州は行く前、中国でも指折りの治安の悪い都市だという情報だったのですが、自分が見た範囲では、秩序があり、食事は口にあうし、穏やかな人が多そうで、上海より居心地のいい都市やと思った。
3日目へ続く